『牛』に教えられる・・・
昔の話で恐縮です。
私の実家には、家の中に牛小屋があり、当然、牛を一頭飼っていました。
家族同然の存在でもあります。
食肉用ではなく、農耕用の牛です。(当時は耕運機なるものが無かった・・・)
その頃の私の仕事は、この牛の世話係でした。
藁を細かく切り、米の磨ぎ汁で煮たジャガイモや麦と混ぜた餌を牛に与えたり、牛を川に連れて行き、体を洗ってあげるのが役割でした。
小学生の高学年になったころ、今は亡き祖母が、私に、
『お前が世話をしているこの牛なぁ、死んだら人間に生まれ替わるんやで。』
と話してくれた。
意味が分からず『何で牛は死んだら人になるん・・・?』と問うと、祖母はこう言ったのです。
『牛は、田んぼを耕す時、ムチでピシッピシッ叩かれても、何一つ文句を言わず黙って働いてくれる。
乳牛は、お乳を出して人間に栄養をくれるやろ。
お前もその牛のお乳で大きいになったんやで。
それにな。戦国時代には、牛の角に松明をつけて、敵がいっぱいおる中に突撃させたりしたんやで、火牛いうてな。
こないして、ぎょうさん人の為になってるのに、もういらんように(使いものにならなくなる意味)なったら、肉にされて食べられてしまうやろ。
そんな、人間の食糧になる時、う〜ん、牛が殺される時やな。
牛は前足を折り曲げて、跪いて、涙をポロッと流してな、殺される時を、黙って待ってるんやで、(祖母の目にも光るものが見えた)・・。
よう考えてみい、牛は強いし、優しいし、ほんまに人に尽くしてくれて、自分の命を失う時ですら、潔い!!牛は偉いやっちゃ、そんな牛が死んだら人間にならんで何になるちゅうんや!!』
祖母の思い込みかも知れませんが、私も今この歳になって考えてみると、祖母の孫に対する教育だったのかも知れません。
「いちいち理屈言わんと、黙って出来ること、やるべきことを献身的になってやりなさい。
自分のためという損得ではなく、他人のために勇猛果敢に前進し、それで結果悪ければ、潔く責任を取れ。
牛歩であってもええから着実に、一歩一歩前進しろ。」との・・・・・
署長も署員も同じグランドに、舞台に立って、
共に汗し・共に泣き・共に笑い
悪しきものには、敢然と燃える闘魂(アントニオ猪木か?)
をもって、立ち向かいたい。
【ちょっと一服】
先程、“アントニオ猪木”が登場しました。
アントニオ猪木と言えば、『元気ですかー!!』が有名です。
猪木さんが、トイレに入ったら何と叫ぶのかなぁ、
それは当然、『便器ですか・・・!!』
壁に色を塗りながら『ペンキですか!!』
部屋に入って、スイッチを入れて『電気ですか!!』
そんなことで、猪木(いいのき)(ええのけ)!? 失礼しました。

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